先週、スーパーの立体駐車場での凡ミスにより車をぶつけ、今日はこれから午前中に車を修理に出しに行く予定である。

この修理屋さんにはもう先週、事故を起こした翌々日に顔を出して、見積もりも出してもらっている。

その時の修理屋さんとのやり取りの中で、客として行った自分の心に感じるものに、なかなか面白いものがあった。

お店について席に座り、まずは事故の時の状況を話し始める。

「いやー、もう全っ然、何でもないところでやっちゃったんですよぉ、凡っミス!」

などと私がグチグチ言っていると

「あ、でもそういうケースが一番多いんですよ。不思議なんですけど自宅の駐車場とか、よくなれてるなんでもないところで皆さんぶつけて来られるんですよ、何ででしょうね」

と慣れた口調で、なんでもないという風に話してくれた。

長いこといろんなケースを見てきた上で、本当にそうなんだということがよく伝わってきたのだ。

この時正直、妙な安心感みたいなものを私は感じた。

と同時に、それを感じている自分に私は注目をし始めた。

この安心感は何がもたらしているんだろう?

ウェブマーケターのセンサーと言うか、職業病みたいなものかもしれない。
客としての心が動く現象に興味津々なのである。

私は話を続ける。

「いや、見てたんですよちゃんと。左後ろを目視していたのにぶつけたんです!」

などと私がグチグチ言っていると

「そうそう、皆さんそう言うんですよ。何でしょうね、ちょっとした油断なんですかね。不思議なんですけれども、不慣れな外出先でやって来る人ってほとんどいないんですよ。やっぱり外では気をつけるんでしょうね」

と。

またしても私は妙な安心感を抱く。

あ、みんなそうなんだ、自分だけじゃないんだ。
この人はこういうケースをたくさん見てきてるんだ。

そんなような、受け入れられたような安心感、自分の中では否定でいっぱいの出来事なのに、この人は何も「悪いというレッテル」を貼ってこない。
なんでもないことだと。

あーなるほど、こういうところに人は安心感や頼もしさを覚えるもんなんだな。
医者に抱く安心感に似ているかもしれない。

他にもこんなことを言ってくれた。

「でもね、これも不思議なんですけど、こういう凡ミスでぶつけてくる人はたくさんいるんですけれども、これの2回目を持ってくる人はすごく少ないんですよ」

一度痛い目を見ると以後は背筋を伸ばして、2回目をやらないよう気をつけるようになるということなんだろう。

「またやるんじゃないか」

という不安や恐怖心をフォローしてくれる言葉だ。

この言葉にも安心感と言うか、励まされるような感覚を覚えた。

この修理屋さんで修理を決めたことは冒頭で書いた通りだ。

そして私は他の修理屋さんに見積もりをとっていない。

他と比較せずにこの修理屋さんに決めたのだ。

信頼のメカニズム、購入の原理、とまで言うと言い過ぎかもしれないが、それに近いような心理的力学を感じた出来事なのである。

ピアノ教室や音楽教室の生徒募集もこれと全く同じことは言えるだろう。

ピアノ教室にもいろんな過去を持った親御さんや、小さいながらもそれなりの過去を持った子供達がやってくる。

彼らをどう迎え入れられるか、彼らに何を言えるか。

体験レッスンに来てくれた時に教室で対面で伝えることも大事だが、それ以前に伝えるチャンスがあるのはホームページや、講師ブログである。

ここでどんな言葉を語れるかが、やはり勝負となるだろう。

車の修理屋さんの対面営業だろうと、ピアノ教室の Web 集客であろうと、根本の法則みたいなものはおそらく変わらないのだと思う。
人間と人間の関係なのは変わらないのだから。

そんなことを感じさせてくれた日常の一コマであった。

ま、修理代に9万円かかるからね、転んだってタダじゃ起き上がりませんよ!笑